NHKスペシャル『人体Ⅱ遺伝子』第2集では、一人ひとりの体質、能力、病の発症までをコントロールする「DNAのスイッチ」が紹介されました。
この「DNAスイッチ」は、遺伝子のONとOFFをまさにスイッチのように切り替えるということですが、このように遺伝子に記された遺伝暗号(塩基配列)が同じままでも、遺伝子の働き具合が状況によって切り替わるということが知られています。
その仕組みはDNAそのものではなく、DNAの表面上の状態に鍵があります。このようなDNAの表面上の状態を扱う学問分野をエピジェネティクスといいます。エピ(epi)とは英語のonのように、接触を意味するギリシャ語です。
そもそも、ヒトの体を構成する40兆個もの細胞は、一部を除いて、すべて同じDNAを持っているとされますが、それにもかかわらず体内には様々な種類の細胞が存在し、それぞれに使っている遺伝子が異なっています。遺伝子の数で言えば2~3万種類あるといいますが、そのどれを使うかは細胞によって異なるということです。
では、どうして細胞によって遺伝子を使い分けることができるのか?それが、DNAの表面上の状態にあるということです。具体的には、DNAのメチル化やヒストンのアセチル化といった変化により、遺伝子を使い分けることになります。
そして、このDNA表面の状態を切り替えるのがDNAメチル化酵素(DNAメチル基転移酵素、DNMT)です。このことをDNAスイッチと番組では表現していました。DNAメチル化酵素によって、DNAがメチル化されると、遺伝子がオフになるということです。
ところで、これまでの研究では、エピジェネティクス情報はひとりの人の体内で変化することはあっても、一代限りであると考えられてきました。つまり、配偶子(精子や卵)を形成する際にエピジェネティクス情報はリセットされ、子孫には伝わらないというのが従来の常識でした。
しかし、今回の番組では、エピジェネティクス情報のなかの一部は子孫に引き継がれることもあり得る、という新たな仮説を紹介していました。さらに、その仕組みを利用したよりよい子孫を残す方法の研究まで紹介されていました。
では注目の研究を整理しましょう。
一卵性双生児ががんになる原因
一卵性双生児はまったく同じDNAを持っているにもかかわらず、双子の間でがんになるかどうかの違いが生じることが知られていました。
そこで、一卵性双生児を調べたところ、がんになる原因のうち遺伝子が原因のものは8%ほどだということがわかりました。
[文献情報]
・著者:Rappaport SM
・タイトル:Genetic Factors Are Not the Major Causes of Chronic Diseases.
・掲載誌:PLoS One
・掲載年月日:2016/4/22
・PubMed:PMID:27105432
がんを抑える遺伝子
がんの増殖を抑える遺伝子はもともとは全員が持っているものです。
しかし、がん患者の6割以上で、がんを抑えるDNAスイッチがオフになっていることが明らかになってきました。
番組内で紹介されたジョンズ・ホプキンス大学のスティーブン・ベイリン(Stephen B. Baylin)教授の研究はこちらです。
[文献情報]
・著者:Cameron EE et al.
・タイトル:Synergy of demethylation and histone deacetylase inhibition in the re-expression of genes silenced in cancer.
・掲載誌:Nature Genetics
・掲載年月日:1999/1/21
・PubMed:PMID:9916800
スイッチオフからもとに戻す薬
DNAメチル基転移酵素(DNMT)によって、DNAがメチル化されるとスイッチオフの状態になります。
そこで、DNAメチル基転移酵素が働かないようにするDNAメチル基転移酵素阻害剤という薬によって、スイッチオフになっているがんを抑える遺伝子を、スイッチオンに戻そうという研究が進められています。すでにアザシチジンなどの薬が日本でも一部のがんの治療薬として承認されています。
番組内で紹介されたジョンズ・ホプキンス大学のスティーブン・ベイリン教授の研究はこちらです。
[文献情報]
・著者:Steven A. Belinsky et al.
・タイトル:Inhibition of DNA methylation and histone deacetylation prevents murine lung cancer.
・掲載誌:Cancer Research
・掲載年月日:2003/11/1
・PubMed:PMID:14612500
肥満になると孫の代まで遺伝する?
豊作で肥満になると、それが子供、さらには孫にまで体質として伝わるという、これまでの常識では考えられない仮説を提唱する研究がでてきました。
番組内で紹介されたコペンハーゲン大学のロマン・バレス(Romain Barrès)教授の研究はこちらです。
[文献情報]
・著者:Thais de Castro Barbosa et al.
・タイトル:High-fat diet reprograms the epigenome of rat spermatozoa and transgenerationally affects metabolism of the offspring.
・掲載誌:Molecular Metabolism
・掲載年月日:2015/12/25
・PubMed:PMID:26977389
また、ロマン・バレス教授は、この研究結果をもとづき、よりよいDNAを子孫に伝えることを目的に、運動によってDNAスイッチを切り替えるという精子トレーニングを提唱しています。
そうしたことが書かれているレビュー論文がこちら。
[文献情報]
・著者:Romain Barrès & Juleen R. Zierath
・タイトル:The role of diet and exercise in the transgenerational epigenetic landscape of T2DM.
・掲載誌:Nature Reviews Endocrinology
・掲載年月日:2016/8/12
・PubMed:PMID:27312865
第2集もまた素晴らしいCGを使ったわかりやすい解説で見ごたえのある内容でしたね。
またいつか続編があるのでしょうか?楽しみにしたいと思います。