気になる生化学シリーズ、今回は脂質の2回目として、脂肪酸を詳しくみていきましょう。
脂質の分類では、ひとくちに脂質といっても、いろいろなものがあることをお話しましたが、そうしたいろいろな脂質をみると、いくつかの脂質に共通して使われている構造があります。
脂肪酸の構造です。
脂肪酸は、脂質のなかで最もシンプルな構造の単位で、脂質においてパーツのよう用いられる物質です。
ところで、みなさんは食パンを食べるとき、なにか塗って食べますか?ちょっと教えてもらえませんか?
実は、この食パンに塗るもののなかにも、脂肪酸の構造という点から着目したいことがあります。
今回はそんな脂肪酸について、以下のポイントを中心に確認したいと思います。
- 脂肪酸とはどういうもの?
- 主な脂肪酸の名称や構造の特徴は?
- 脂肪酸の略記号の表し方は?
- 必須脂肪酸はどれ?
- 脂肪酸の融点に影響する要素は?
こうした問いに答えられるよう説明したいと思います。
脂肪酸の構造と種類
脂肪酸にもまた多様な種類が存在していますが、共通する特徴は、炭化水素鎖にカルボキシ基(-COOH)が付いた構造です。
脂肪酸の1つであるステアリン酸の構造を見てみます。
炭素と水素からなる炭化水素鎖が伸びていて、末端にカルボキシ基が付いていることがわかります。炭化水素鎖の構造式は折れ線で表現することもできますが、そうすると脂肪酸の構造式の大部分は折れ線になってしまいます。このように長い炭化水素鎖をもつのが脂肪酸の構造の特徴です。この長い炭化水素鎖の影響で脂肪酸は強い疎水性を示します。
脂肪酸はみなこのような構造を持っていますが、このうち炭化水素鎖の部分には様々なバリエーションがあって、それぞれに慣用名がつけられています。
主な脂肪酸を一覧にしました。
これらが具体的な脂肪酸の名称です。種類によって融点が大きく異なっている点にも注目しておいてください。これらの脂肪酸が生体内では適材適所で使われています。
いずれの脂肪酸も長い炭化水素鎖を持ちますが、そのつながっている炭素の数によって、脂肪酸を次のように分類することもあります。
短鎖脂肪酸:炭素数6個以下
中鎖脂肪酸:炭素数8~12個
長鎖脂肪酸:炭素数14個以上
脂肪酸を体内で消化するとき、短・中鎖脂肪酸は乳化の必要がなく、長鎖脂肪酸よりも消化されやすいという性質があります。
ところで、天然の脂肪酸ではほとんどの場合、炭素数が偶数個であることが知られています。不思議なようですが、これには脂肪酸がどのようにして生成されるかという生体内の仕組みが関係しています。
なお、単純な脂肪酸の一般式は、炭素数をnとしてCnH2n+1COOHと表されます(次に説明する飽和脂肪酸の場合です)。
飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸
脂肪酸のうち、炭化水素鎖に二重結合を含まないものを飽和脂肪酸、二重結合を含むものを不飽和脂肪酸といいます。二重結合のことを不飽和結合ともいいます。
ステアリン酸と同じ炭素数の脂肪酸であるオレイン酸とリノール酸を見てください。
ステアリン酸の構造には二重結合が1つもありませんので、これは飽和脂肪酸です。オレイン酸は二重結合を1つ、リノール酸は二重結合を2つ、炭化水素鎖の構造に含んでいます。こうした二重結合を1つでも含むものを不飽和脂肪酸といいます。また、二重結合を2個以上含むものを多価不飽和脂肪酸といいます。
不飽和脂肪酸の一般式は、炭素数をnとしてCnH2n+1-二重結合数×2COOHと表されます。
飽和脂肪酸 :CnH2n+1COOH
不飽和脂肪酸:CnH2n+1-二重結合数×2COOH
シス・トランス脂肪酸
不飽和脂肪酸では、二重結合を介してシス・トランス異性体が生じることになります。シス・トランス異性体については有機化合物の構造のところでお話しましたね。
脂肪酸の炭化水素鎖において、シス型とトランス型では構造に大きな違いが生じます。
オレイン酸はシス型の二重結合をもちますが、同じ炭素数の脂肪酸であるtrans-バクセン酸ではトランス型の二重結合をもちます。その結果、オレイン酸では二重結合(シス型)を起点に炭化水素鎖が大きく折れ曲がる構造になります。一方、trans-バクセン酸では二重結合(トランス型)の前後で炭化水素鎖は折れ曲がらず、全体的に直線的な構造を取ります。
このように脂肪酸はシス・トランス異性体によって構造が大きく異なりますが、天然の不飽和脂肪酸では二重結合のほとんどがシス型であることが知られています。
一方、トランス型の脂肪酸は、人工的な反応によって生成されます。例えば、油を高温で加熱する調理過程などで生成することが知られています。
このトランス脂肪酸については、LDLコレステロールを増加させたり、虚血性心疾患のリスクを高めたりするという報告があって、健康への影響を懸念する声もあります。そのため、海外では、トランス脂肪酸の摂取をできるだけ避けるよう勧告されていたり、加工食品の栄養成分表示において、トランス脂肪酸量の表示を義務付けられたりしている国もあります。
そうした事情から、海外の加工食品をみるとTRANSFAT FREEやTrans fat 0 gといった表示を時々目にします。
脂肪酸の略記号
脂肪酸の基本構造はみな共通しているため、炭素数と二重結合の数に注目すれば、脂肪酸を区別・整理することができます。
そのため、脂肪酸の炭素数と二重結合数を略記号で表現することがあります。
ステアリン酸は炭素数が18個、二重結合は0個ですので、これを略記号でC18:0と表現します。同様に、オレイン酸は炭素数が18個、二重結合は1個ですので、略記号でC18:1と表現します。
ただし、略記号にすると同じであっても(つまり、炭素数と二重結合数が同じであっても)、二重結合の位置が異なる兄弟のような脂肪酸が存在する場合もあります。
例えば、リノレン酸にはαとγの2種類があります。
いずれのリノレン酸も二重結合の数は3個ありますが、α-リノレン酸とγ-リノレン酸ではその位置が異なっています。そのため、二重結合の位置をカルボキシ基側から数えた炭素の番号でΔに添えて示しています。α-リノレン酸では、9番目、12番目、15番目の炭素のところに二重結合があるためC18:3(Δ9,12,15)と表します。
必須脂肪酸
ヒトが体内で合成することができない脂肪酸を必須脂肪酸といいます。
必須脂肪酸としては次の3つの脂肪酸が挙げられます。
必須脂肪酸:リノール酸、α-リノレン酸、アラキドン酸
(アラキドン酸はリノール酸から体内で作ることもできるため、必須脂肪酸に含めないこともあります)
3つの必須脂肪酸はいずれも長鎖脂肪酸で、かつ、二重結合が2つ以上ある多価不飽和脂肪酸です。
また、二重結合の位置の違いから、ω6系脂肪酸とω3系脂肪酸に分類されます。
ω6系脂肪酸:リノール酸、アラキドン酸
ω3系脂肪酸:α-リノレン酸、IPA(EPA)、DHA
ω6系,ω3系はそれぞれn-6系,n-3系と表すこともあります。6や3の数字は不飽和脂肪酸の二重結合の位置を示していますが、カルボキシ基と反対側のメチル基(ω端)側から数えた炭素の番号になっています。上で説明したΔに添えるものとは逆になっていますので注意してください。
ω3系脂肪酸であげたIPA(EPA)とDHAは、青魚に豊富な成分で脳の発達や心血管機能の維持に重要とされる脂肪酸です。多価不飽和脂肪酸のなかでも特に二重結合の数が多くある(IPA(EPA)は5個、DHAは6個)のが特徴です。
二重結合がたくさんあると構造が丸くなってくるのが面白いですね。
なお、これらはα-リノレン酸から体内で作ることもできるものですので必須脂肪酸には含めていません。
系統名と倍数接頭辞
ところで、IPA(EPA)とDHAの慣用名については、ほかの脂肪酸と異なり、系統名(IUPAC名)の略称になっているのに気がつきましたか?
IPA: icosapentaenoic acid
(EPA: eicosapentaenoic acid)
DHA: docosahexaenoic acid
例えば、IPAは系統名のイコサペンタエン酸の英語表記の略称になっています。
この系統名ですが、これは脂肪酸の炭素数と二重結合数を表現したものになっています。
例えば、イコサペンタエン酸(IPA,EPA)は炭素数20個、二重結合数5個の不飽和脂肪酸ですが、イコサペンタは20を表すイコサ、5を表すペンタの組み合わせです。
こうした数の表現は倍数接頭辞といって、化学用語で物質名を表現する際によく用いられるものです。
倍数接頭辞での表現はギリシャ語やラテン語に由来するそうです。
脂肪酸の性質
脂肪酸の性質として、種類によってその融点が大きく変化する点に注目してください。融点とは、固体から液体に変わるときその境界となる温度のことですね。
脂肪酸の融点
脂肪酸の融点は、炭素数、二重結合数、水酸基、シス・トランス異性体などに影響されます。
例えば、二重結合をもつ脂肪酸は、二重結合をもたない脂肪酸に比べて、融点がかなり小さくなります。つまり、不飽和脂肪酸は飽和脂肪酸よりも融点がかなり低いという性質を持ちます。
なぜか?それは次のようなイメージをするとよいと思います。
融点、つまり固体と液体が切り替わるとき、分子の運動が大きく変化します。固体よりも液体のほうが分子がより運動している状態がイメージされます。
そこで、脂肪酸の種類によってどうして融点に違いが生じるかは、分子の動きやすさと関連してイメージします。
飽和脂肪酸は、折れ曲がりのない直線状の構造をしていますので、分子がぎっしりと詰まった密集状態になることができます。そのため分子が動きにくい状態となり、より固体になりやすいのです。その結果、融点が高くなります。
一方、不飽和脂肪酸は、折れ曲がったり丸まったりした構造をしていますので、分子が詰まらず隙間がスカスカになります。そのため分子が動きやすい状態となり、より液体になりやすいのです。その結果、融点が低くなります。
このように構造的な観点から、脂肪酸の融点は次のような大小関係になります。
- 炭素数が多い脂肪酸は、少ない脂肪酸よりも、融点が高い。
- 二重結合が多い脂肪酸は、少ない脂肪酸よりも、融点が低い。
- 水酸基をもつ脂肪酸は、もたない脂肪酸よりも、融点が高い。
- 炭素数が偶数の脂肪酸は、奇数の脂肪酸よりも、融点が高い。
- 枝分かれがある脂肪酸は、ない脂肪酸よりも、融点が低い。
- 異性体がシス型の脂肪酸は、トランス型の脂肪酸よりも、融点が低い。
なお、目安として、炭素数が10個以上の飽和脂肪酸は常温で固体になります。
不飽和脂肪酸の水素添加
パンに塗る脂質でできたものといえば、バターとマーガリンが代表的ですが、この2つの違いって知っていますか?
バターは牛乳を原料として、それに含まれる乳脂肪を撹拌などによって物理的に分離したものです。脂肪分としては、飽和脂肪酸の割合が多く、常温で固体です。
一方、マーガリンは主にコーン油などの植物油を原料とします。その脂肪分としては、不飽和脂肪酸の割合が多く、精製しても液体の状態です。でも市販のマーガリンは固体ですよね。実は、マーガリンの製造過程では、水素添加という方法によって、液状の油が固体化されます。これを硬化油ともいいます。
水素添加とは、不飽和脂肪酸の二重結合がある箇所に水素を付加することによって、二重結合が一重結合に変化する反応です。つまり、不飽和脂肪酸の二重結合が無くなって、飽和脂肪酸になります。その結果、融点にも変化が生じ、融点が高くなるため、常温で固体になるわけです。
また、不飽和脂肪酸の二重結合は比較的反応性に富み、二重結合が多いほど酸化されやすいといった性質もあります。そのため、マーガリンでは不飽和脂肪酸を飽和脂肪酸に変えることによって、酸化されにくくなり(酸化安定性が高まり)品質の劣化が起こりにくくなることが期待されます。
ところが、水素添加の反応によって、一部の不飽和脂肪酸がシス型からトランス型に変化してしまうことがあります。そのため、マーガリンにはトランス脂肪酸が含まれることがあり、そのことを懸念する声もあります。
ですが、マーガリンにはそれでもバターより多くの不飽和脂肪酸が含まれています。飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸では、飽和脂肪酸のほうが健康へのリスクがあります。また、バターにもほかの理由により、トランス脂肪酸が含まれている場合があることを知っておいてください。
今回のポイント
脂肪酸の構造と種類
- 脂肪酸は、疎水性の炭化水素鎖とカルボキシ基(-COOH)からなる化合物であり、 炭化水素鎖に二重結合を含まない飽和脂肪酸と、含む不飽和脂肪酸に大別される。
- 天然の不飽和脂肪酸では二重結合のほとんどがシス型異性体である。
- 天然の脂肪酸の炭素数はほとんどが偶数個である。
- 脂肪酸の炭素数と二重結合数は略記号で表現される。
例)C16:1⇒炭素数16個で二重結合を1個もつ脂肪酸 - 脂肪酸をその構成する炭素数で分類する場合、炭素数6個以下を短鎖脂肪酸、8~12個を中鎖脂肪酸、14個以上のものを長鎖脂肪酸という。中鎖脂肪酸は乳化を必要とせず、長鎖脂肪酸より消化されやすい。
- 脂肪酸の構造は、天然ではほとんどが直鎖状であるが、分枝鎖、環状構造をもつものもある。
- アルコールなどとエステル結合をせずに単独で存在している脂肪酸を遊離脂肪酸(FFA)あるいは非エステル結合型脂肪酸(NEFA)と呼び、血清中ではアルブミンと結合して溶存する。
- ヒトが体内で合成することのできないリノール酸、α-リノレン酸、アラキドン酸の3つの脂肪酸を必須脂肪酸という(リノール酸はアラキドン酸の前駆体にもなる)。
- 一部の不飽和脂肪酸では、二重結合の位置を末端のメチル基(ω端)から数えた炭素の数で表現する。
例)ω6(n-6)系脂肪酸 ⇒ リノール酸、アラキドン酸
例)ω3(n-3)系脂肪酸 ⇒ α-リノレン酸、IPA(EPA)、DHA - 脂肪酸の系統名(IUPAC名)は同じ炭素数のアルカンの語尾を~酸(~oic acid)に置き換えて表現する。
脂肪酸の性質
- 脂肪酸は炭素数、二重結合などに応じて融点が変化する。一般的に融点の大小関係は次のとおり、
炭素数…多い>少ない
二重結合…多い<少ない
水酸基…あり>なし
炭素数…偶数>奇数
枝分かれ…あり<なし
異性体…シス<トランス - 炭素数が10個以上の飽和脂肪酸は常温で固体である。
- 不飽和脂肪酸の二重結合は比較的反応性に富み、二重結合が多いほど酸化されやすい。
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